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ハワイから日本を応援
20100613

先日、主人の後輩で、
ハワイで “BAKERY MANOA ベーカリー・マノア”という、
人気パン屋さんを運営している篠崎さんより、
励ましのプレゼントが送られてきました。

震災で被災した日本を応援する、
「アロハ・フォー・ジャパン」Tシャツとリストバンド、
それとハワイ在住者のための日本人向け生活情報誌です。

Tシャツの収益金は、
すべてアメリカ赤十字社を通じて
被災地へ寄付されるそうで、
情報誌には、
「がんばれニッポン!ハワイは日本を応援しています」
と特集が組まれていました。

海外の皆さんも、
遠くにいならが応援してくれているんですね。
この気持を、今度は私が、
被災地の皆さんに何か「形」にしてお届けしようと思います。


BAKERY MANOA(ベーカリー・マノア)
2752 Woodlawn Dr, #5-108, Honolulu, HI 96822

被災地で出会った素晴らしい人々
私は今年から、
小学校の家庭科の教科書の監修を
させていただいているので、
被災地の子供たちのことが、
特に気になっていましたが、
そんな中、沢山の素晴らしい先生方に
お会いすることができました。

私がうかがった女川第一中学校では、
震災以来、女川第一小学校
(校舎が避難所として使われているため)と
石巻中学校
(校舎が離島にあったため戻れないそう)
の3つの学校が合同で勉強している状態で、
校長室に3つの校長机が並んでいるのを見て、
改めてここは被災地であることを実感しました。


20110608b

写真は、お会いした先生のお一人、
女川第一中学の大内校長。

子供が大好きな大内先生は、今回の震災では、
心が傷ついて内にこもってしまいがちな子、
逆に傷ついた反動で元気そうに見えてしまう子
など様々で、
中には、大人に気を使って心配をかけまいと
「僕は、大丈夫だよ」と演技をする子もいるそうで
そうした子供ひとりひとりの心をみて、
大切にケアしなければならない・・
とおっしゃっていました。
子供の心に丁寧に向き合う姿勢に感動しました。


20110608a

こちらは、石巻中学校の境校長。
ピーク時には、学校のお仕事の他に
1200人の避難所のまとめやくとして、
大変なご苦労をされたようですが、
それにもかかわらず、この街の復興のことを
一生懸命考えている姿に強く感銘を受けました。

また、ちょうど生徒を見送るために出られ
一緒に写真を撮れなかった
女川第一小学校の星校長先生も
教育熱心で、子供に愛情を注ぎ、
毎日、子供の登下校のお迎えとお見送りをされていて
星校長は、時には愛情ある無関心も大切だと
繊細な子供への接し方に
大変心をくだいてらっしゃいました。 

3人の校長先生は、口を揃えて
大切なのは表面的な教育ではなく、
子供の未来を見据えながら
子供に接するのが大切なことだとおっしゃっていました。

震災から、緊張の連続の2ヶ月。 
きっと皆さんお疲れでクタクタでしょうに
逆に私が、元気と勇気をいただいて帰ってきました。


20110608c

石巻中学校の境校長がおっしゃっていましたが
ひとくちに災害といっても、
同じ地区でも住居が残っている人、
残っているけど仕事がなくなった人、
すべてを失ってしまった人・・・

住んでる場所で、被害にかなりの違いがあり、
被災者に対応する役所、学校関係の方々は
そうした個々の違いを踏まえて、
まとめていかなければなりません。
これは石巻だけではなく、
災害にあわれた全ての地域の方々に言えることでしょう。

ご自身も被災され、ご家族を失いながら
市民のために日々働いている役所の方や
先生たちのことを思うと
胸が詰まりました。


20110608d
※石巻市日和山公園にて

ここで改めて、
今回の震災で亡くなられた多くの方々の
ご冥福をお祈りすると共に、
被害に遭われたご家族の方、また関係者の方々に、
心よりお見舞い申し上げます。

私も微力ながら、
今回知り合った方々と連絡をとりながら、
私にできる復興のお手伝いを
続けていこうと思います。

被災地・石巻へ行ってきました
震災からこの2ヶ月半、
「何かお手伝いに駆けつけたい!
だけど、かえって邪魔になったらどうしよう・・」
という葛藤の中
仕事をしながらも、
悶々とした日々を過ごしてきました。

そのかたわら、
震災直後に被災地に駆けつけられた山本淑稀さん
(※ホームページのBGMを作曲していただいたり、
色々お世話になっています)
に、訪問するタイミングや、
被災者の皆さんに届けるものなどを相談しながら、
着々と準備をすすめてきましたが、

先週の木、金、土曜の3日に渡り、
やっと現地へ行くことができました。
現地の様子をよく知る山本さんも一緒ということで、
本当に救われました。


20110603a

東京から車で走っていると、福島あたりから
だんだんと災害の跡が見えてきましたが、
石巻に近づいていくうちに、
家屋の壊れ方もひどくなり
また汚泥のニオイも漂い、
被害の大きさを目の当たりにしました。

しかし、これほど甚大な被害を受けながらも、
町全体が投げやりではなく、
破壊車両や瓦礫が
キレイに整然とよけられているのを見て
人々のひたむきさを感じました。


20110603b

現地には夜中に着き、翌朝、石巻市役所へ。
市役所では、応援ボランティアの人々が
腰をかがめて、被災者の方の話を
丁寧に聞いている姿が印象的でした。

今回は、とにかく
現地のニーズにこたえることが最優先なので
半月ぐらい前から、市役所に
必要な支援物資リストを送ってもらい少しづつ準備。

そして、石巻市福祉部子育て支援課の
石森さんのところへ相談に行き、
続いて支援課の畠山さんに支援物資の届け先を尋ね、
私たちは”牡鹿”と”女川”に物資を届けることになりました。


20110603c

20110603d

石巻から、凸凹の激しい道を走ること2時間。

牡鹿に着くと、こちらは物資がなく、
仕分け作業の人が手持ちぶたさで、
また、避難所1600人分の食料があまりに少なくて
びっくり。

対照的に、次に行った女川の方は、
たくさんの物資があり、自衛隊の方もたくさんいて、
この温度差は何が原因なのでしょう? 

メディアで目立たないところは、
あまり物資が届かないのかわかりませんが、
物を平等に配る難しさ、考えさせられました・・・

私たちが持っていた支援物資の中で、
特にホワイトボード(巻き式)、デッキブラシ、
折りたたみコンテナなどが喜ばれましたが、
被災地では、やはり生鮮食品が不足していて、
野菜などの新鮮なものが食べたいという声が
多いようでした。

続く

韓国から大量の救援物資
20110323a

モデルハウス”KANKAN”をコラボした
韓国の建設会社「KOLON社」様より
山のような救援物資が届きました。

韓国でも、今回の日本の大震災が
大々的に報道されているようです。

日本と韓国、距離が離れていても、
一緒に仕事をした仲間として、
国境を超えて支援しようとして下さる思いが
心よりありがたいです。

本当にありがとうございました。

さっそく、スタッフの間で話し合い、
多少不便はあっても、日々、寝るところがあって
食べることができる私たちよりも、
KOLON社様の思いを、被災地に届けたよう!ということになり、
現在、救援物資を受け付けている都庁に
持っていくことにしました。

ただ、都庁のホームページで詳細を調べたら、
受け取ってくれるものが限定されているんですね・・

食料や医療品はほとんどダメで、この中で受け取ってもらえるのは
マスク、割り箸、使い捨てスプーン、ビニール袋ぐらいでした(泣)

手指消毒剤やシップ、バンドエイド、カップ麺やビタミン剤
モンダミンなども、できたら届けたい!!

東北地方太平洋沖地震
20100314a

20100314b

※私のオフィスは、防災対策万全で
おかげさまで家具の転倒などはありませんでしたが、
別の部署の部屋は、こんな状態になっていました・・


3月11日、こんな災難が日本列島を襲うなんて
誰が想像したでしょう?

東京の私の会社も、写真のような状態になりました。

でも、日本のいたるところで起きている惨状を思うと
こんなことは、被害のうちには入りません。

このたびの災害により、被災された方、
また現在、避難されている皆様に
心よりお見舞い申し上げます。


そして今、私たち一人一人に何ができるか・・
考えてみました。


1.節電

2.献血

3.電話は必要最低限に、

長電話しない



これだったら、誰もがすぐにでもできます。

小さなことでも、皆で実行すれば
大きな力になりますよね!!


そして、なんといっても、モノより”命”です。

最低限必要なものをもう一度見直し、
この機会に、家族や、親戚や、友人と
災難時のことを、色々話合っておくことが必要ですね。


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